ホーム > 館長ブログ > エミリ・ディキンスンの生涯を描いた映画が公開されます
2017年7月16日
坂村真民が吉田時代にその詩に出会い、感動して自分の枕元にその詩を貼り付け毎日見ていました。
その人ーエミリ・ディキンスンの映画が公開されます。真民ファンの方はぜひお近くの映画館で見てください。
詩国第6号(昭和37年12月号)より
エミリー・ディキンスンの詩
若し我れ心痛みたる一人だに救い得ば
我が生活は無駄ならず
一人の憂慮(うれ)いを去り得なば
一人の苦痛(なや)みを医し得なば
弱りし鳥の一羽をば
助けて其の巣に帰し得ば
我が生活は無駄ならず
この詩はわたしが、かつて半盲になろうとした折、寝ながら見える所のふすまに、大きく書いて張りつけていたものである。いつこの詩句がはっきり見えるまで、視力が回復するであろうか。
そうした祈念をこめて、この詩を心読していたものである。
思えば、わたしの肉体と精神とが一番衰弱していた時に、エミリー・ディキンスンとの心交が生れたことは、何かしら前世的な深ささえもしてくるのである。
エミリー・ディキンスンは1830年の12月11日に、アメリカのマサチューセッツ州に生れ、1886年憂苦と孤独の生涯を終えた女流詩人であるが、当時はそんなこともあまり知らず、落葉のように舞い込んできた、この短かい詩を通してのみ、彼女の浄い美しい心を思いしのんだのであった。
わたしもいつかは、彼女のように「世界におくるわたしの手紙」を書きたいものである。
詩国第98号(昭和45年8月号)でも、その詩を引用してその後に次のように書いています。
私はそうした詩を思ったりして、詩を書いてきたことに対して、意義があったことをうれしく思った。文学、特に詩というものは、幸福な時、健康な時など、無縁のものであり、無用のものである。しかし一たび、人生の不幸に出会ったり、一たび病床に臥したりすると、今まで支えてきた一切のものが、グラグラと崩壊して、何の価値もないようになってしまう。その時、本当の詩や文学が(宗教もであるが)、生きる糧、支える杖となってくるものである。
詳細は映画の公式サイト http://dickinson-film.jp/ をご覧ください。http://www.dickinson-film.jp/
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